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広島地方裁判所 昭和43年(ワ)342号 判決

原告

伊勢龍三

被告

岡崎恒夫

ほか一名

主文

一、被告らは原告に対し、それぞれ金五三〇、三五〇円を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は被告らの負担とする。

四、この判決一項は仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

被告等は各自原告に対して金八〇一、六〇〇円を支払え。

訴訟費用は被告等の負担とする。

右に対する仮執行の宣言。

二、被告等

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二、原告の請求原因

一、交通事故の発生

日時 昭和四二年七月二八日午後六時四〇分ごろ

場所 広島市庚午北町国道二号線交叉点

事故車 被告岡崎所有の軽乗用自動車

運転者 被告岡崎

受傷者 原告

態様 被告岡崎は右自動車を運転して草津方面から広島方面に向つて進行してきたものであるが原告が原動機付自転車に乗つて反対方向から右交叉点に進行してきたのに前方をよく確かめずに同所の地面に示された指示標を大きく外れて、原告の進路に向つて右折したため原告運転の車に自車を衝突させた。

二、原告の損害

(1)  傷害の部位、程度

本件事故により原告は頭部外傷Ⅱ型、むち打症、右腕関節捻挫右足関節捻挫等の傷害を蒙つた。

(2)  損害額 合計 八〇一、六〇〇円

(イ) 得べかりし利益の喪失 三〇一、六〇〇円

事故当時旭東建材株式会社の自動車運転手として雇われ日給一、三〇〇円の収入を得ていた。事故当日より昭和四三年三月三一日まで二三二日間(右期間中会社へ出社した日数一五日を控除する。)治療のため働けなかつた。

(ロ) 精神的損害 五〇〇、〇〇〇円

前記受傷により原告の家庭はその収入の道を断たれ生活の脅威にさらされており現在なお通院加療中であるのみならず全治まで今後幾日を要するか明らかでなくいちじるしい不安におそわれている。

三、被告岡崎は被告会社の従業員であり自己所有の自家用車を被告会社の業務のために使用しており、本件事故も広島市草津町工事現場における被告会社の仕事を終えて被告会社に帰る途中発生したもので、被告会社は被告岡崎が右自動車を利用して会社の仕事を遂行していることを認めていたから、被告会社は本件事故当時、本件岡崎所有の自動車を自己のために運行の用に供していたものというべきである。よつて被告岡崎は不法行為者として、被告会社は使用者ないしは運行供用者として損害賠償の義務がある。

第三、被告等の請求原因に対する認否

一、請求原因一、は認める。

二、請求原因二、は不知。

三、請求原因三、の事実中被告岡崎が被告会社の従業員であること、工事現場の仕事を終えて帰る途中であつたこと、被告岡崎に賠償義務のあることは認めるが、その余は否認する。

第四、被告等の抗弁

被告岡崎は原告との間で次のとおり示談契約をなし賠償金の支払いを全部済ませている。

契約締結日、昭和四二年九月一九日

内容

(1)  同被告は原告の医療費全額を負担する。その期間は全治までとする。

(2)  同被告は原告の休業補償及び慰謝料として本件事故により休業せる期間一日に付一、七〇〇円を支払うものとする。(全治迄)

(3)  同被告は原告の車両代替費として三五、〇〇〇円を支払うものとする。

(4)  原告に後遺症の発生せる時はその時点において別途協議する。

(5)  示談条件(1)及び(2)の自動車損害賠償責任保険の請求は同被告において行う。

今後本件に関し双方とも裁判上又は裁判外において一切異議、請求の申立をしないこと。

右示談に基き、昭和四二年一一月一一日原告が治ゆした時点において、同被告は、医療費は医師に、休業補償、慰謝料一七八、五〇〇円は原告に、原動機付自転車の損害金は業者にそれぞれ支払つた。さらに右時点で後遺症が問題となつたので、別途協議の上、同日同被告、原告間で覚書を取りかわし、後遺症に対する保険金は原告において保険会社に直接請求することとし、後遺症関係は右保険金以外は一切請求しないことに合意が成立し、原告は昭和四三年二月一〇日右後遺症に対する保険金七〇、〇〇〇円を受取つた。

第五、被告等の抗弁に対する答弁

被告等主張のような示談が成立したことは認めるが、右示談において裁判上、裁判外一切請求しない旨の合意はなく、その旨の示談書の文言は例文であつて効力がない。

右示談は自動車損害賠償責任保険から治療費、休業補償慰謝料を引出すために行われたものであり、右保険金で足りない分の損害金の支払いを免除したものではない。

また昭和四二年一一月一一日原告、被告岡崎間で後遺症に関して覚書がとりかわされたことは認めるが、右は原告が自動車損害賠償責任保険から交付を受け得られるものについてのみ合意したものであつて、右保険金で足りない部分まで免除したものではない。右時点において原告は未だ治療を続けており何ら完治していなかつたが、治療費が前記の示談による保険金で足りなくなつたので、さらに保険金を引出す名目として後遺症につき右覚書をかわし保険金の支払いを受けたのである。

第六、証拠〔略〕

理由

一、原告が請求原因一、記載の交通事故にあつたこと、被告岡崎が原告の右事故による損害につき賠償義務のあることについては当事者間に争いがない。

二、次に、被告岡崎が被告会社の従業員であることは当事者間に争いがない。〔証拠略〕によれば、被告岡崎は被告会社のブルトーザーの運転者として勤務しており、昭和四二年四月五日ごろ本件事故の加害車両である軽乗用自動車を買受け、当時から右車を運転して被告会社のすぐ近くにある被告会社の寮から工事現場へ通勤していたもので、本件事故当時は広島市井の口町の団地の工事現場に通つていたこと、被告会社は従業員の寮から右工事現場への往復については、会社の車を使用していたが、自家用車を持つているものには自分の車で直接現場に行くよう指示し、これらのものは他の従業員の一部をもその車に同乗させて工事現場に行つていたこと、そしてこれら自家用車を運転する者に対しては月額一、〇〇〇円程度のガソリン代を会社が支払つていたこと等が認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

右事実よりすると、被告岡崎の右自動車による右工事現場への往復は、単なる通勤行為にとどまらず被告会社の業務執行の一部たる一面を有するものと認められるのみならず、被告岡崎は右職務執行の限度で右自動車を被告会社に提供し、被告会社はその対価として運行費用の一部を負担していたと認めるのが相当であるから、被告岡崎が右職務執行のため右自動車を運行の用に供している限り、被告会社もこれに対して運行支配を有し、かつ運行利益を享受していたものというべきである。本件事故は被告岡崎が被告会社の前記井の口町工事現場からの帰途において発生したことは当事者間に争いがないので、被告会社は被告岡崎の使用者ないしは右自動車の運行供用者として本件事故についての損害賠償責任を免れない。

三、原告の損害は次のとおりである。

(1)  傷害の部位、程度

〔証拠略〕によれば、原告が本件事故により門歯欠損、頭部外傷Ⅱ型、むち打症右腕関節捻挫、右足関節捻挫等の傷害を負い、事故当日の昭和四二年七月二八日から同年八月一四日まで入院し、引続き同月一五日から翌四三年三月二三日まで通院して医師の治療を受け、更に同年四月二四日から同年六月一三日まで入院または通院して治療を受け、一応治癒の診断を受けたが、右手のしびれ、後頭部疼痛の後遺症を残し、右症状は固定的となつて、その後もなお医療を欠かされない状態であることが認められ、右認定に反する証拠はない。

(2)  損害額について

(イ)  逸失利益

右(1)に認定した事実と〔証拠略〕を総合すれば、原告が事故当時旭東建材株式会社の自動車運転手として雇われ日給一、三〇〇円の収入を得ていたこと及び原告主張の昭和四二年七月二八日より昭和四三年三月三一日までの間は右傷害の治療のためほとんど働けず合計四〇、九五〇円の収入を得たにとどまることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そうするとこの間の原告の逸失利益が計二七八、八五〇円になることは算数上明らかである。

(ロ)  精神的損害

前記の如き本件事故の態様、負傷の内容、治療の経過を総合し、これに〔証拠略〕によつて認められる、昭和四三年四月以後もなお原告は稼働しえない期間が長く続き、前記旭東建材株式会社も同年五月二五日退職するのやむなきに至つたこと等の事情を斟酌すると、慰謝料は五〇〇、〇〇〇円を下らないものと認めるのが相当である。

四、そこで被告等の抗弁について判断する。

被告等主張の示談契約(但し請求権放棄の点を除く)が成立したこと並びに被告等主張の後遺症に関する保険金を原告において請求する旨の覚書がとりかわされたことは当事者間に争いがない。

しかし、〔証拠略〕によれば、右示談の成立した昭和四二年九月一九日当時、原告の症状は快方に向つており、医師も二、三ケ月もすれば全治するであろうとの見込みを洩らしていたこと、右示談において車両代替費は実質的に被告岡崎の負担とされていたが、治療費、休業補償及び慰藉料は自動車損害賠償責任保険の保険金(以下単に保険金という)を以て充てることを予定し、休業補償等一日一、七〇〇円という金額も右保険の査定によつていたこと、しかるにその後原告の病状ははかばかしくなく、保険金の枠内では治療費さえも賄うことができなくなつたため、原告は被告岡崎と協議の上便宜同年一一月一〇日を以て一応治癒した形をとつて後遺症についての保険金を請求することとし、前記覚書をとりかわしたこと、以上によつて、原告が支払を受けたものは、医療費のほか、休業補償及び慰藉料として事故の翌日である同年七月二九日から同年一一月一〇日まで一〇五日間一日一、七〇〇円の割合による計一七八、五〇〇円及び後遺症分金七〇、〇〇〇円総計二四八、五〇〇円と、前記車両代替費(原告の原動機付自転車の損害)三五、〇〇〇円であつて、その内被告岡崎の負担は右車両代替費のみで、その余はすべて保険金より支払われたこと、従つて、前記示談条項の上では被告岡崎は全治迄治療費全額及び前記割合による休業補償及び慰藉料を支払う定めであり、前認定の如く被告岡崎は症状固定にいたるまでその後も永く治療を続け、稼働できなかつたのにかかわらず、同被告は全くこれを支払つていないこと等の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

以上の事実関係によれば、原告と被告岡崎との間になされた前記示談契約は、物的損害以外の損害に関する限り、もともと保険金請求の便宜上なされたもので保険金によつて填補されない損害を除外する趣旨であつたか、すくなくとも前記覚書とりかわしの際、右の趣旨に改められたものと認めるのが相当であつて、右示談及び覚書交換により一切の損害が解決されたものと認めるのは相当でない。右と異なる趣旨の加藤証人及び被告岡崎本人の各供述の一部は信用しがたく、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。なお、〔証拠略〕には、本件に関し双方共裁判上裁判外一切の異議、請求の申立をしない旨の文言が記載せられているが、右は和解が成立した場合には和解条項に定められた以外に何等権利義務のないことの当然の事理を表明した例文に過ぎないと解すべく、右認定の支障となるものではない。

そうすると、被告等主張の示談ないし覚書交換の事実は、それ自体としては原告の本訴請求に対する有効な抗弁とはなりえず、単にこれにもとづき支払われた保険金の範囲で弁済の抗弁が成立するにとゞまるものというべきである。

五、結論

したがつて原告が被告両名に請求し得べき損害金の額は

逸失利益 二七八、八五〇円

慰謝料 五〇〇、〇〇〇円

計七七八、八五〇円より前記保険金二四八、五〇〇円を差引いた五三〇、三五〇円となる。被告両名は各自原告に対して五三〇、三五〇円を支払わなければならない。

よつて、原告の請求は右の限度で正当として認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書、九三条一項本文、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 胡田勲)

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